労働保険とは、社会保険料の一部で「雇用保険」と「労災保険」の総称をいいます。
そして、労働者を一人でも雇っていれば、労働保険の適用事業となり、労働保険料を納めなければなりません。
この労働保険ですが、保険料の納付が概算額であることや、会社負担分と従業員負担分を区別しなければならないなどの理由から、経理処理が複雑になりがちです。
そこで今回は、労働保険の経理処理について詳しく解説していきます。
労働保険とは?
労働保険とは、「雇用保険」と「労災保険」の2つから構成されています。
一般的に労働保険と言えば、「雇用保険」と「労災保険」を合わせた呼称となります。
では、雇用保険と労災保険とはどのようなものでしょうか?
雇用保険とは?
雇用保険とは、主に労働者が失業して収入がなくなった場合に、一定期間の生活費を支給するための保険です。
この雇用保険に係る保険料は、会社と従業員が負担します。
労災保険とは?
労災保険とは、主に「仕事中や通勤中に起きた事故やケガなど」に対する手当を給付する保険です。
この労災保険に係る保険料は、会社が全額負担します。
「労働保険・雇用保険・労災保険」それぞれ内容が異なりますので、混同せずにしっかり理解してください。
労働保険料の計算方法と納付について
労働保険に係る保険料は、計算方法と納付に特徴があります。
労働保険料の計算方法
・計算期間
労働保険料の計算期間は、4月1日から3月31日の1年間です。
・計算方法
1年間に従業員へ支払う見込の賃金総額(※1) × 保険料率(※2)
※1 賃金総額は、給与の他に賞与、各種手当などを合わせた額となります。
※2 現時点(2021年8月)の一般的な事業における保険料率は、以下の通りです。
・雇用保険料率 9/1000(会社負担6/1000 従業員負担3/1000)
・労災保険料率 3/1000
なお、保険料率は業種によって異なることに注意が必要です。
また、保険料率は国の政策によって変更される場合があります。
労働保険料の納付について
労働保険料は、6月~7月に納付を行います。
(7月、10月、1月の3回に分割して納付することも認められています)
この納付で注意してほしいのが、
納付額は、当年度4月1日から3月31日の1年間に支払う見込の賃金総額に、保険料率を乗じて計算する
という点です。
見込の賃金総額に対する保険料を納付するので、保険料は概算額ということになります。
さらに、前年度の4月1日から3月31日の1年間に支払った賃金総額に対する確定保険料と、前年に納付した概算保険料の差額の精算も行います。
差額の精算方法は、以下のとおりです。
・確定保険料が概算保険料を上回る場合は、不足分を翌年度の概算保険料と合わせて納付します。
・確定保険料が概算保険料を下回る場合は、翌年度の概算保険料からその分控除して納付します。
ではここで、具体的にどのような流れで、労働保険料の納付が行われるかを確認してみましょう。
労働保険の納付の流れ
・2019年7月に、2019年度分の概算の労働保険料を納付します。
・2020年7月に、2019年度分の労働保険料概算額と確定額を精算します。
・2020年7月に、2020年度分の概算の労働保険料を納付します。
納付の流れイメージ図
このような流れで労働保険料の納付を行います。
この労働保険料の納付の流れとその内容を理解しなければ、正しい労働保険の経理処理を行うことができません。
まずは、この労働保険料の納付の流れをしっかり理解しましょう。
労働保険料の税務上の扱い
労働保険料の納付は概算額ですが、これについて税務上はどのような扱いとされているのでしょうか?
税務上の扱いについては、「法人税基本通達 9-3-3 労働保険料の損金算入の時期等」に処理方法についての説明があります。
このように法人税法基本通達では、概算保険料を納付したとき、会社負担分は費用に計上し、従業員負担分は立替金等に計上するとされています。
基本として、経理実務においても、この法人税基本通達の内容に従って処理する必要があります。
労働保険料の経理処理のポイント
労働保険料の経理処理を実施する際、重要なポイントが2つあります。
・会社負担分の労働保険料を、毎月費用計上するかどうか
・従業員負担分の労働保険料の処理はどうするか
会社としてこの2つのポイントについて、どのように処理すべきかを事前に決めておかないと、正しい労働保険料の経理処理ができません。
例えば、
・会社負担分の保険料を毎月費用計上するか?
・一括で費用計上するか?
といったことでも、使用する勘定科目や起票する仕訳が異なってきますので、事前にどの処理が自社にとって適切なのかを確認しておかなければなりません。
労働保険の経理処理を行う際には、必ずこの2つのポイントを事前に確認してください。
労働保険料の経理処理の実例
ここでは、例題を用いて労働保険の経理処理を確認していきます。
・2019年7月 2019年度の概算納付1,000(会社負担750 従業員負担250)
・2020年3月 2019年度の保険料確定1,080(会社負担810 従業員負担270)
・2020年7月 2019年度の精算追加納付80(会社負担60 従業員負担20)
・2020年7月 2020年度の概算納付1,200(会社負担900 従業員負担300)
・労働保険料率は、12/1000とする
・雇用保険料率は、9/1000(会社負担6/1000 従業員負担3/1000)とする
・労災保険料率は、3/1000(すべて会社負担)とする
・3月決算会社とする
労働保険料の経理処理:例題1
前提:
・概算保険料全額を、法定福利費として費用処理する。
・従業員負担分は、給与支給の実額に保険料率を乗じて給与から天引きする。なお、天引きで使用する科目は法定福利費とする。
このような前提での経理処理について、具体的な仕訳を使って時系列で解説します。
①2019年7月 2019年度保険料の概算納付
・2019年度の概算労働保険料1,000を納付します。
※ここでは、会社負担750と従業員負担250を全額法定福利費として計上しています。
②2020年3月 従業員負担分の確定
・2019年度の従業員負担分の保険料270を天引きします(ここでは2019年4月~2020年3月の年間合計としています)
/法定福利費 270
※わかりやすくするため、給与から雇用保険料のみを天引きしています。
※天引きする保険料は、実際に支給した賃金に対する従業員負担分の保険料です。
③2020年3月 会社負担分の確定
会社負担分として計上する法定福利費は、
「1,000(概算納付額)-270(従業員負担分)=730」
となります。
④2020年7月 2019年度保険料の精算
確定保険料 1,080
概算保険料 1,000
差額 80
・確定保険料と概算保険料の差額80を費用として計上します。
⑤2020年7月 2020年度保険料の概算納付
・2020年度の概算労働保険料1,200を納付します。
この経理処理は、非常にシンプルであり中小企業で広く行われています。
会社負担分も従業員負担分もすべて「法定福利費」の科目で処理するため、簡単な処理となっています。
ここで注意が必要なのが、上記③の法定福利費が730で計上されている点です。
本来であれば、会社負担分の確定保険料810の計上が必要です。
そして、この810と730の差額80は、翌年度の7月に精算という形で費用計上されています。
この処理は、費用の期間帰属の点からこれは問題ですが、継続的にこの処理が行われている場合には、税務的にも問題にはならないと思われます。
労働保険料の経理処理:例題2
前提:
・概算保険料のうち、会社負担分を法定福利費として費用処理する。従業員負担分については、立替金科目を使用して処理する。
・従業員負担分は、給与支給の実額に保険料率を乗じて、給与から天引きする。天引きで使用する科目は預り金とする。
このような前提での経理処理について、具体的な仕訳を使って時系列で解説します。
①2019年7月 2019年度保険料の概算納付
・2019年度の概算労働保険料1,000を納付します。
立替金 250/
※ここでは、会社負担750を法定福利費とし、従業員負担250を立替金として計上しています。
②2020年3月 概算保険料と確定保険料の決算処理(従業員負担分)
・2019年度の従業員負担分の保険料270を天引きします(ここでは2019年4月~2020年3月の年間合計としています)
/預り金 270
※わかりやすくするため、給与から雇用保険料のみを天引きしています。
※天引きする保険料は、実際に支給した賃金に対する従業員負担分の保険料です。
・従業員負担分を決算にて整理します。ここでは概算で納付した従業員負担分の保険料である立替金と、給与から天引きした確定の従業員負担分の保険料である預り金を相殺します。
※確定保険料270(預り金)と概算保険料250(立替金)の差額20は、翌年度の7月に精算しますので、預り金として20を翌年度に繰り越します。
③2020年3月 概算保険料と確定保険料の決算処理(会社負担分)
会社負担分の確定保険料 810
会社負担分の概算保険料 750
差額 60
・確定保険料と概算保険料の差額60を費用として追加計上します。
※確定保険料810と概算保険料750の差額60は、翌年度の7月に精算しますので、未払費用として60を翌年度に繰り越します。
④2020年7月 2019年度保険料の精算
・会社負担分の保険料を精算します。
・従業員負担分の保険料を精算します。
⑤2020年7月 2020年度保険料の概算納付
・2020年度の概算労働保険料1,200を納付します。
立替金 300/
この経理処理は、会社負担分の保険料と従業員負担分の保険料を分けて処理する方法です。法人税基本通達 9-3-3に定められている方法に従って処理したものです。
そして、決算時に確定保険料と概算保険料が整理され、費用の期間帰属の点からも正しく処理されていると言えます。
ただし、会社負担分と従業員負担分の保険料を区分して数値を管理することや、決算において、確定保険料を計算しなければならないなど、経理実務での作業負荷が大きくなる点がデメリットとなります。
労働保険料の経理処理:例題3
前提:
・概算保険料は前払費用として処理する。
・従業員負担分は、給与支給の実額に保険料率を乗じて、給与から天引きする。天引きで使用する科目は預り金とする。
・月次決算を正確に行うため、保険料の会社負担分は毎月分割して費用計上する。
このような前提での経理処理について、具体的な仕訳を使って時系列で解説します。
①2019年7月 2019年度保険料の概算納付
・2019年度の概算労働保険料1,000を納付します。
立替金 250/
※会社負担分750を前払費用とし、従業員負担分250を立替金として計上しています。
②2019年4月~2020年3月 概算保険料を分割計上(会社負担分)
・毎月の処理
・年間累計
③2020年3月 概算保険料と確定保険料の決算処理(従業員負担分)
・2019年度の従業員負担分の保険料270を天引きします(ここでは2019年4月~2020年3月の年間合計としています)
/預り金 270
※わかりやすくするため、給与から雇用保険料のみを天引きしています。
※天引きする保険料は、実際に支給した賃金に対する従業員負担分の保険料です。
・従業員負担分を決算にて整理します。ここでは概算で納付した従業員負担分の保険料である立替金と、給与から天引きした確定の従業員負担分の保険料である預り金を相殺します。
※確定保険料270(預り金)と概算保険料250(立替金)との差額20は、翌年度の7月に精算しますので、預り金として20を翌年度に繰り越します。
④2020年3月 概算保険料と確定保険料の決算処理(会社負担分)
会社負担分の確定保険料 810
会社負担分の概算保険料 750
差額 60
・確定保険料と概算保険料の差額60を費用として追加計上します。
※確定保険料810と概算保険料750との差額60は、翌年度の7月に精算しますので、未払費用として60を翌年度に繰り越します。
⑤2020年7月 2019年度保険料の精算
・会社負担分の保険料を精算します。
・従業員負担分の保険料を精算します。
⑥2020年7月 2020年度保険料の概算納付
・2020年度の概算労働保険料1,200を納付します。
立替金 300/
この経理処理は、例題2と大きくは変わりませんが、概算保険料を前払費用として処理していること、会社負担分の保険料を毎月費用処理しているという2つの違いがあります。
一定規模の会社では、月次決算で正確な損益を把握するために、年間発生する費用を毎月分割計上する場合があります。
概算で納付した年間の労働保険料についても、毎月の費用として分割計上します。
そして、決算において確定保険料と概算保険料の差額を整理します。
会社負担分の概算保険料を毎月の費用として計上することで、正確な月次決算が行うことができること、決算時に確定保険料と概算保険料が整理され、費用の期間帰属の点からも正しく処理されることから、できればこの方法で労働保険料の経理処理を行うことが望まれます。
ただし、例題2と同様に、経理実務での作業負荷が大きくなる点がデメリットとなります。
まとめ
今回は、労働保険の経理処理について、例題を用いて詳細解説をしました。
労働保険は、保険料の納付が概算額であることから、処理が複雑になりがちです。
そして、会社負担分の費用計上や従業員負担分の給与天引きの金額を正しく管理し、経理処理を行わなければなりません。
ご紹介した例題による方法以外にも、使用する勘定科目や処理方法を変えて、管理しやすいよう工夫することも可能です。
経理経験がある方でもこの労働保険の経理処理は難しく感じる場合もありますので、今回の記事を参考にして正しい労働保険の経理処理を行いましょう。
執筆者情報/経理部IS
数十年間、上場企業とその子会社で経理業務に従事。
転職6回・複数の上場企業での経験を活かし、経理の転職に関するブログを運営中。
ブログ名:経理へ転職!https://www.keiri-manager.com/jobchange/